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1. 2字目と3字目は「転倒」がおきやすい

 日本語の言葉の歴史をみると、そもそも文字を見たときに人間は「転倒」して認識しやすいということがわかります。もっと具体的に言うと、日本人は「かな(ひらがな・カタカナ)」で書いたとき、2字目と3字目を転倒して取りやすいのです。
例えば「あたらしい」という言葉は、昔は同じ意味で「あらたし」だったのです。また、現在は「さざんか」と読む漢字の「山茶花」は、その表記の通り読めば「さんざか」 ですよね。昔は「さんざか」だったのです。これらは2字目と3字目がきれいにひっくり返っています。このように2字目と3字目は変わってしまう、転倒がお きやすいということを言葉の歴史が証明しています。ですから、2字目と3字目を転倒させると同じになってしまうような名前はつけないでほしい、絶対にやめ るべきだと思います。
 それから、「2字目と3字目」の次に「3字目と4字目」も転倒がおきやすいのです。ごみの収集車のアナウンスをよく聞いてみてください。「毎度おさわがせして・・・」「毎度おさがわせして・・・」両方のパターンを耳にします。しかし、私たちは何かへんだなと思いながらもそのまま聞いています。言葉に対する違和感の意識が乏しいのです。
 もう1例。駅名の「秋葉原」はどう読みますか?「あきはばら」ですよね。でも元々は「あきばはら」だったのです。
 私自身の経験でも「おことの教室」を「おとこの教室」と読み違えてしまったり、「ふじまめの花」を「ふまじめの花」と読み違えてしまい恥ずかしい思いをしたことがありました。話し言葉では到底間違えないことも、視覚では間違いが起こるのです。
 このように転倒が起こりやすい部分は特に取り違えやすいのだ、という意識を持って名前をつけることが大事だと思います。
先生「非核三原則を知っていますか」
生徒「退かぬ!媚びぬ!省みぬ!」
先生「それは核戦争後です。」
Twitter / @ckr666 (via rpm99)
 中年男のルパンに対して、中学生だった僕が感情移入できたのは、彼がクラリスに対して紳士的な態度をとっているからであり、クラリスに対して潔癖なとこがあったからだろう。『旧ルパン』での不二子との大人びた駆け引きに憧れはしたけれど、自分には遠い世界の出来事だった。ルパンとクラリスの関係も自分に身近なものだとは言えないが、ルパンの言動に共感できた。だから、ラストシーンで、クラリスを抱きしるのを懸命に我慢したり、自分についてくると言うクラリスに対して「俺のように薄汚れちゃいけない」と言うのにジンときた。
 そして、時は流れた。今から6、7年前、僕は30代後半だった。『カリ城』のルパンと同年輩か、ちょっと上だろう。改めて『カリ城』を観たところ、ルパンの言動に対して、違った感想を抱いた。学生の頃はルパンに共感していたのだが、今度はルパンの考えている事が、手に取るようにわかったのだ。北の塔のてっぺんで、クラリスと再会した時に気障に振る舞ってしまう気持ちや、彼女の警戒を解くためにおどけた事を言ってしまう気持ちが、実によくわかった。ああ、そういうつもりであんな態度とっていたのね。おじさまと呼ばれて嬉しいのも、実によくわかった。よくわかって、猛烈に照れ臭くなった。「はーい、おじさんはここですよー」というセリフなんて、うわ〜、やめてくれ〜と思うくらい照れ臭い。
 それから、ラストのルパンについての印象も随分と変わった。格好つけすぎじゃないかと思った。ルパンと一緒に行ってクラリスが幸せになれるかどうかは分からないし、あそこで彼女を連れていったら映画としてまとまらない。それは分かっているけれど、ルパンは、自分のロマンチックな想いを大事にし過ぎているんじゃないか。汚れてしまってもいいから、クラリスを連れて行ってやれよ、と思った。改めて、宮崎駿はロマンチストだと思った。
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Sophia Loren à Cannes, 1955 by Edward Quinn

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Sophia Loren à Cannes, 1955 by Edward Quinn

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Deauville, France, 1959 by Georges Dambier

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Deauville, France, 1959 by Georges Dambier

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59th St., New York City by Evelyn Hofer, 1964

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59th St., New York City by Evelyn Hofer, 1964